2017年06月30日
バニラ・エア事件?についての乙武さんの記事を読んで。こりゃしてやられた!
6月29日に乙武洋匡氏がHUFFPOSTに「バニラ・エアが燃えている。しかし、木島さんも燃えている。」と題した記事を書いている。
バニラ・エア問題はこちら
身体に障害がある方が、飛行機搭乗口のタラップという階段を、会社側が対応せず自力であがったというやつです。
色んな賛否が出てきています。「なんという航空会社だ!」と会社を批判する人もいれば、確信犯的に搭乗した木島氏に対して「プロの障害者」「炎上狙い」と搭乗者に対しての批判もあります。
乙武氏の記事のいいところは、感情的でなく、いろいろな取材データを並べて自身の見解を書いているところです。読みやすいし、結論にも私は共感しています。
「事前連絡してね」と公表している空港。でも障害者の場合、事前連絡をすると100%搭乗を断られるトラップみたいなもの。そこであえて搭乗した木島さん。
それがクレーマー的行為なのかという論点。
確信犯的に搭乗をした木島さんを「プロ障害者」と批判されている現状があるが、空港会社は障害者差別解消法の示す合理的配慮を欠いた状態であり、事件後二週間以内にストレッチャーを導入できている。(それはそれで航空会社も評価できる。)
理不尽な対応を変えるために、あえて波風立てることも必要である、と結んでいる。
結果的に空港会社の環境改善に至ったわけだが別の方法あるのだろう。同じ様な障害を持った人と団体を組織し、訴えを起こしていくといったような。しかし、時間と労力がかかる。時間の延長は、今回批判している人たちの様なバッシングを長期に渡ってうける(可能性が高い)。そして、日常生活を送りながら運動することが、どれほどしんどいだろうか。
かといって、小さな訴えで、どうにかなることなのか。(小さな訴えで変わることは通称「神対応」といわれる)
もう一つ。コレほどまでに障害者の生活環境の社会的問題に注目を浴びることになっただろうか。たぶんならないでしょう。メディアの取扱も少ないでしょう。その意味ではスゴい行動力だと思いました。
今回、あえて炎上を狙ったようで嫌だという意見もあると思いますが、それはそれで木島さんをはじめ障害者の社会環境が注目されるという目的は達成されているわけで、まんまとしてらやれているわけです。
全体として「障害は自己責任か。社会の責任か」、つまり「何が障害なのか」をを問うきっかけとなる記事で、いいと思いました。
バニラ・エア問題はこちら
身体に障害がある方が、飛行機搭乗口のタラップという階段を、会社側が対応せず自力であがったというやつです。
色んな賛否が出てきています。「なんという航空会社だ!」と会社を批判する人もいれば、確信犯的に搭乗した木島氏に対して「プロの障害者」「炎上狙い」と搭乗者に対しての批判もあります。
乙武氏の記事のいいところは、感情的でなく、いろいろな取材データを並べて自身の見解を書いているところです。読みやすいし、結論にも私は共感しています。
「事前連絡してね」と公表している空港。でも障害者の場合、事前連絡をすると100%搭乗を断られるトラップみたいなもの。そこであえて搭乗した木島さん。
それがクレーマー的行為なのかという論点。
確信犯的に搭乗をした木島さんを「プロ障害者」と批判されている現状があるが、空港会社は障害者差別解消法の示す合理的配慮を欠いた状態であり、事件後二週間以内にストレッチャーを導入できている。(それはそれで航空会社も評価できる。)
理不尽な対応を変えるために、あえて波風立てることも必要である、と結んでいる。
結果的に空港会社の環境改善に至ったわけだが別の方法あるのだろう。同じ様な障害を持った人と団体を組織し、訴えを起こしていくといったような。しかし、時間と労力がかかる。時間の延長は、今回批判している人たちの様なバッシングを長期に渡ってうける(可能性が高い)。そして、日常生活を送りながら運動することが、どれほどしんどいだろうか。
かといって、小さな訴えで、どうにかなることなのか。(小さな訴えで変わることは通称「神対応」といわれる)
もう一つ。コレほどまでに障害者の生活環境の社会的問題に注目を浴びることになっただろうか。たぶんならないでしょう。メディアの取扱も少ないでしょう。その意味ではスゴい行動力だと思いました。
今回、あえて炎上を狙ったようで嫌だという意見もあると思いますが、それはそれで木島さんをはじめ障害者の社会環境が注目されるという目的は達成されているわけで、まんまとしてらやれているわけです。
全体として「障害は自己責任か。社会の責任か」、つまり「何が障害なのか」をを問うきっかけとなる記事で、いいと思いました。
2017年06月23日
アイスブレイクの落とし穴。重要なのはアクティビティではなく目的
「会議」という言葉でどんなイメージをもちますか?
「やったぜ!また会議だ。やっほーうい」となる人は少ないでしょう。
もし、わくわくしたり、リラックスした雰囲気の会議があるとどうでしょう。
程よい緊張感は必要ですが、照れや恐れ、疑いが生み出すぎこちない緊張感があると会議は、はかどりません。
発言が出なかったり、お互いの探り合いに没頭してしまったりします。
いかに緊張をほぐし、会議にぴったりの気持ちや雰囲気を作っていくかが成功の鍵になります。
雰囲気を作る方法はいくつかあります。
よく紹介されてるのが、「アイスブレイク」という方法です。ちょっとした会話、体操やゲームなどのアクディビティを通して文字通り氷を溶かすように雰囲気を和らげる手法です。
青木将幸さんの著書「リラックスと集中を一瞬でつくる アイスブレイクベスト50」(ほんの森出版)を参考にすると、アイスブレイクの目的は7つあります。とても参考になるまとめ方です。
①緊張を和らげる
②みんなの名前を覚える
③お互いの理解を深める
④眠気を覚まして集中力を高め、リフレッシュする
⑤グループに分ける
⑥チームワークを高める
⑦視点やメッセージを伝える、です。
とても参考になるまとめ方です。
アイスブレイクは本やネットで調べればキリがないほど出てきます。
そして、実際にやってみると効果覿面です。けっこう楽しいし、一体感がでます。
でもそんな便利なアイスブレイクにも落とし穴があります。今回はアイスブレイクをあえて3つの視点から批判的に見てみようとおもいます。
①アクティビティの目的化
便利なアイスブレイクですが、慣れてきた人が陥りやすい落とし穴があります。それは、アクティビティにばかり集中してしまい、会議やワークショップの本題が疎かになってしまうことです。本来は、会議などの独特の緊張感(アイス)をブレイクすることが大切なのですが、奥が深い分、本質を忘れてしまうことです。企画を考えるときに、どんなアイスブレイクをするかばかり盛り上がって、本題の部分が疎かになってしまうような事態です。つまり、目的の為にアイスブレイクをするのではなく、アイスブレイク事態が目的化してしまうことです。例えるなら、クルタ族のために復習を誓ったはずが、復習事態が目的化してしまったクラピカです。
アイスブレイク事態は楽しいかもしれませんが、必要以上にアクティビティを導入してしまったり、本題の議論が足らなくなって一体何の会議だったのかぼやけてしまうような事態になってしまします。
②アイスブレイク・ギャップ
また、慣れてきた人がやってしまうのが、アイスブレイク慣れしていない人とのギャップを考えない導入です。これは個人的な感想ですが、ワークショップで「じゃあ、いまからアイスブレイクしまーす。みなさんたってくださーい」とか、会議前に「ではこれからチェックインしまーす」といって、あたかも当然のようにアイスブレイクが始まるのは不快なのです。また、いきなり「チェックイン」「エナジーチェック」「UFO」とかいわれてもわかりません。慣れた人にとってはあたり前のことかもしれませんが、初めての人にとっては意味不明な専門用語でしかありません。
こういうギャップは、気持ちを揃えるはずのアイスブレイクで、逆に気持ちがおいていかれている感じがしてしまいます。
③慣れた場こそ導入しにくい
そして意外とやってみるとわかるのですが、アイスブレイクは会社や自分が所属する団体の、ガチの会議では案外使われていない、もしくは使いにくいということです。日常から離れたワークショップや研修、模擬会議などでは導入がしやすいのですが、日常の会議だと、「今更・・・」「そんな悠長な」という心理的作用や、繁忙なときにやりずらい、、ということも多々あります。
また参加者の権力関係が働いたりします。想像してみて下さい。年の離れた上司がいる会議でアイスブレイクをやるプレッシャーを・・・。他にも会社や団体の風習や文化などもあります。
ちょっと矛盾していますが、慣れた場に導入するときこそ、案外アイスブレイクはやりにくい、という声を聞くことは少なくありません。
大切なのはアクティビティではなく目的
いずれの落とし穴にもはまらないためには参加者の立場にたってアイスブレイクの目的をしっかりと意識することです。つまり、企画本体の導入としてどういったものがふさわしいか、参加者の人間関係や気持ちをどのように整えることが必要かといった視点です。
それさえ抑えておけば、いきなり「はいアイスブレイクしますよ〜」とはならないはずです。そして、大きなアクティビティを入れなくても、ちょっとした明るい態度や挨拶でも十分緊張感はとけます。
アイスブレイクに厳密なルールや手順はありません。参加者の立場、例えば参加回数や予備知識、抱える問題、動機などをできるだけ想像し、丁寧な導入を考えることに糸口があります。
「やったぜ!また会議だ。やっほーうい」となる人は少ないでしょう。
もし、わくわくしたり、リラックスした雰囲気の会議があるとどうでしょう。
程よい緊張感は必要ですが、照れや恐れ、疑いが生み出すぎこちない緊張感があると会議は、はかどりません。
発言が出なかったり、お互いの探り合いに没頭してしまったりします。
いかに緊張をほぐし、会議にぴったりの気持ちや雰囲気を作っていくかが成功の鍵になります。
雰囲気を作る方法はいくつかあります。
よく紹介されてるのが、「アイスブレイク」という方法です。ちょっとした会話、体操やゲームなどのアクディビティを通して文字通り氷を溶かすように雰囲気を和らげる手法です。
青木将幸さんの著書「リラックスと集中を一瞬でつくる アイスブレイクベスト50」(ほんの森出版)を参考にすると、アイスブレイクの目的は7つあります。とても参考になるまとめ方です。
①緊張を和らげる
②みんなの名前を覚える
③お互いの理解を深める
④眠気を覚まして集中力を高め、リフレッシュする
⑤グループに分ける
⑥チームワークを高める
⑦視点やメッセージを伝える、です。
とても参考になるまとめ方です。
アイスブレイクは本やネットで調べればキリがないほど出てきます。
そして、実際にやってみると効果覿面です。けっこう楽しいし、一体感がでます。
でもそんな便利なアイスブレイクにも落とし穴があります。今回はアイスブレイクをあえて3つの視点から批判的に見てみようとおもいます。
①アクティビティの目的化
便利なアイスブレイクですが、慣れてきた人が陥りやすい落とし穴があります。それは、アクティビティにばかり集中してしまい、会議やワークショップの本題が疎かになってしまうことです。本来は、会議などの独特の緊張感(アイス)をブレイクすることが大切なのですが、奥が深い分、本質を忘れてしまうことです。企画を考えるときに、どんなアイスブレイクをするかばかり盛り上がって、本題の部分が疎かになってしまうような事態です。つまり、目的の為にアイスブレイクをするのではなく、アイスブレイク事態が目的化してしまうことです。例えるなら、クルタ族のために復習を誓ったはずが、復習事態が目的化してしまったクラピカです。
アイスブレイク事態は楽しいかもしれませんが、必要以上にアクティビティを導入してしまったり、本題の議論が足らなくなって一体何の会議だったのかぼやけてしまうような事態になってしまします。
②アイスブレイク・ギャップ
また、慣れてきた人がやってしまうのが、アイスブレイク慣れしていない人とのギャップを考えない導入です。これは個人的な感想ですが、ワークショップで「じゃあ、いまからアイスブレイクしまーす。みなさんたってくださーい」とか、会議前に「ではこれからチェックインしまーす」といって、あたかも当然のようにアイスブレイクが始まるのは不快なのです。また、いきなり「チェックイン」「エナジーチェック」「UFO」とかいわれてもわかりません。慣れた人にとってはあたり前のことかもしれませんが、初めての人にとっては意味不明な専門用語でしかありません。
こういうギャップは、気持ちを揃えるはずのアイスブレイクで、逆に気持ちがおいていかれている感じがしてしまいます。
③慣れた場こそ導入しにくい
そして意外とやってみるとわかるのですが、アイスブレイクは会社や自分が所属する団体の、ガチの会議では案外使われていない、もしくは使いにくいということです。日常から離れたワークショップや研修、模擬会議などでは導入がしやすいのですが、日常の会議だと、「今更・・・」「そんな悠長な」という心理的作用や、繁忙なときにやりずらい、、ということも多々あります。
また参加者の権力関係が働いたりします。想像してみて下さい。年の離れた上司がいる会議でアイスブレイクをやるプレッシャーを・・・。他にも会社や団体の風習や文化などもあります。
ちょっと矛盾していますが、慣れた場に導入するときこそ、案外アイスブレイクはやりにくい、という声を聞くことは少なくありません。
大切なのはアクティビティではなく目的
いずれの落とし穴にもはまらないためには参加者の立場にたってアイスブレイクの目的をしっかりと意識することです。つまり、企画本体の導入としてどういったものがふさわしいか、参加者の人間関係や気持ちをどのように整えることが必要かといった視点です。
それさえ抑えておけば、いきなり「はいアイスブレイクしますよ〜」とはならないはずです。そして、大きなアクティビティを入れなくても、ちょっとした明るい態度や挨拶でも十分緊張感はとけます。
アイスブレイクに厳密なルールや手順はありません。参加者の立場、例えば参加回数や予備知識、抱える問題、動機などをできるだけ想像し、丁寧な導入を考えることに糸口があります。
2017年06月21日
会議の合意形成における「結論」と「納得」
会議で合意形成にむけて議論をおこなえば、その会議のゴールは、なにかを決めることになります。しかし、いざ決まったはいいが、それが実行されないことは少なくありません。例えば、会社改善のためのアクションプランをきめたのに、それが実行されないといったことです。結局、会議が無駄になり、同じような会議を繰り返してしまいます。
その原因の1つとして、「結論はでたけど、それに納得していない」ということが挙げられます。納得感です。
納得感がなければ熱意も当事者意識も薄くなってしまいます。だれかが勝手に決めたから自分はあまり関係ないな、と思われてしまうかもしれません。
結論を出すことも大切ですが、それよりも重要なのは参加者全員が納得感をもつことです。
では、どうやったらその納得感を会議で育むことができるのでしょうか。
それは、結論を共有するのではなく、プロセスを共有することです。
意見どのように出てきて、それをどのように決めていったかのか。その過程に一人ひとりが関わることです。意見を言うことも大切ですが、それ以外にも他者の意見を聴くこと、同意すること、場合によっては反対することも大切です。また、結論だけでなく、そこにたどり着くまでの会議の方向性や、論点についても議論し、参加者全員で決めていくことも必要です。
そのようなことは、会議参加者各自の努力によって達成できるかといえば、どうしても難しいところがあります。
そこで、全員が参加し、ひとりひとりがその会議、その場にアクセスできるように働きかける役割を持った人が必要です。つまりファシリテーターがキーパーソンになってくるのです。
その原因の1つとして、「結論はでたけど、それに納得していない」ということが挙げられます。納得感です。
納得感がなければ熱意も当事者意識も薄くなってしまいます。だれかが勝手に決めたから自分はあまり関係ないな、と思われてしまうかもしれません。
結論を出すことも大切ですが、それよりも重要なのは参加者全員が納得感をもつことです。
では、どうやったらその納得感を会議で育むことができるのでしょうか。
それは、結論を共有するのではなく、プロセスを共有することです。
意見どのように出てきて、それをどのように決めていったかのか。その過程に一人ひとりが関わることです。意見を言うことも大切ですが、それ以外にも他者の意見を聴くこと、同意すること、場合によっては反対することも大切です。また、結論だけでなく、そこにたどり着くまでの会議の方向性や、論点についても議論し、参加者全員で決めていくことも必要です。
そのようなことは、会議参加者各自の努力によって達成できるかといえば、どうしても難しいところがあります。
そこで、全員が参加し、ひとりひとりがその会議、その場にアクセスできるように働きかける役割を持った人が必要です。つまりファシリテーターがキーパーソンになってくるのです。